全米日系人博物館のウェブサイトにリンクされている
東栄一郎「日本人の海外移住略史 1868年−1998年」に対する
批判→反論→再反論(その1)
※注意 
 この問題提起及び批判は、あくまでも全米日系人博物館が、「日本人の海外移住略史 1868年−1998年」という題でこの文書を公開することに問題があるのではないか、というもので、文責である東氏個人対するものではありません。改定案というのも、あくまでもそれを前提に考えたものです。

項目 内容

@「日本人の海外移住略史 1868年−1998年」原文

 日本人の海外渡航は、明治維新(1868)とともに始まりました(1)世界各地を結びつける国際経済、労働市場、交通網の一部となった明治日本は、近代化とそれに伴う急速な社会変化に見舞われました。特に農業形態や経済構造が変わっていくなかで、農村部を中心に余剰労働力が生まれ、国内及び海外へ移動する出稼ぎ労働者が現われたのです。
A筆者の問題提起と改定案

(1)日本人の海外渡航は、近世の初めには既に盛んに行われてあり、東南アジア各地には、日本町さえありました。小学校の教科書にさえ載っている基本的な歴史的事実をどうして記載しないのでしょうか。もしもこの文が近代に限っているのであれば、そのようにどこかで明記すべきです。しかし、通常日本史では、開国以降を近代とします。日本人の海外渡航は、藩や幕府からの留学生など、幕末にはあったので、「渡航」と書くのであれば、それを示すべきだと思います。

◆改訂案「日本人の海外渡航は、明治維新(1868)とともに始まりました」1854年の日米和親条約によって日本は開国し、近代における日本人の海外渡航は、それと共に始まりました。そして、明治維新(1868)とともに盛んになりました」

B東栄一郎氏からの反論

 改定案(1)ですが、「国際日系研究プロジェクト」は、基本的に近代現象としての世界的人口移動という観点から、日本人の「西半球」への大規模移住を研究することを目的としておりました。したがって鎖国以前の東南アジアなどへの人々の移動については、あえて触れませんでした。現在、学会で論議される移民史でも、近代移民現象は「元年者」が始まりとされていますので、それにしたがった次第です。また改定案には「日本人の海外渡航は、・・・明治維新とともに盛んになりました」とありますが、これは移民史からみると正しくありません。「元年者」がひどい扱いを受けたことで、明治政府は1885年まで、原則的に一般人の海外渡航を許可しませんでした。したがって盛んになったのは1880年代以降です。

C筆者の反論

 プロジェクトの意図になかったということなので、これは結構です。
 
しかしながら、「日本人海外移住略史」というタイトルで全米日系人博物館が公表するのであれば、小生の意見は正しいと考えます。「明治維新とともに盛んになりました」は、「明治維新のあとに」でよいでしょう。